日本人が足りない?外国人を”日本人化”しようよ

経済産業省が配布した資料、「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」がかなり話題になりましたね。



内容を読んで、改めて今の日本の状況を考えさせられました。




というわけで、こんな感じでどうでしょうか。

誤解しないでほしいのは、かつて戦時中のようなやり方で強制的に日本人化を押し付けることを推奨してるわけではないですよ。あくまでもなりたいと思った人だけがなります。


たとえば、最近よく「地域再生」っていって、田舎の地域がもう高齢化でヤバイから日本全国から若者をあの手この手で誘致しようとしているじゃないですか。あれを国家単位でやるわけです。


「日本らしさが無くなる?」それ田舎の高齢者が似たようなこと言ってない?

きっとこんな意見も出るでしょう。
  • 外国人は日本の文化を理解できない!
  • なんだかよくわからない人たちに来てほしくない!
それって、田舎に住んでる人が同じようなこと言っているの、聞きませんか?
  • よそ者はうちらの土地特有の習慣を理解できない!
  • よそ者にうちらの生活を邪魔されたくない!
で、そういう地域がどうなるかというと、周りから相手にされず、ただ高齢化して皆死んで消滅するんですよ。


文化を伝統をきちんと守るには、まとまった数の継承者が必要

文化や伝統を守る、それはとても立派なことですが、でも人をないがしろにしたら本末転倒です。だって継承する人がいなければそれは自ずと消滅せざるを得ないわけですから。

また、ある程度「数の力」も必要です。少なすぎると、そのグループがなんらかの理由で活動をやめた場合、そこで終わりですから。一子相伝の北斗神拳じゃないんですから、伝統を大事にしようとするなら「数」を意識しないといけません。


それに、伝統というのは常に形が変わっていくのが健全なあり方です。日本の様々な文化日本語、和服、日本食、娯楽… 常に異文化を受け入れ、改善を加え、形を変えながら残ってきました。

頑なに「うちの伝統は今が一番!形は変えない!」と言い続け、継承者を失うことは、一見伝統を大事にしているようで、最も伝統を傷つけている行為なのではないでしょうか。


「日本」ってそもそもとても流動的なイメージの場所

外国人を日本の強烈な「ファン」にして、日本人化する。外国人と一緒に作る日本、それはもはや僕らがイメージする今までの日本ではなくなるでしょう。

でも、だからなんなんですかね?

今の日本って、最高ですか?このまま現状維持で未来永劫幸せな国になると思いますか?僕は、残念ですが全く思いません。

それに、そもそも70年前の日本と今の日本って、同じイメージですか?外国から見比べられたら、過去と今で全然違うイメージ持たれてると思うんですよね。

そもそも確固たる「日本らしさ」なんてものは曖昧なものです。先に人があって、そこにいる人達が一生懸命生きた結果、文化や伝統が後からついてくるだけの話だと思います。人が変われば、残るものも変わる。それはもしかしたら今より悪いものかもしれないし、さらに良いものかもしれない、それだけです。


どちらを選んでも「不正解」


外国人を共存する未来は、不都合なこともたくさん起こると思います。今まで起きなかった類の犯罪が起きたり、文化摩擦で日々の生活にいろんなルールが追加されたり、新たな差別が生まれたりというデメリットは容易に予想できます。

この話って、「どちらを選んでも不正解」なんですよ。
現状維持をしても不正解だし、外国人と共存する未来も不正解。
正解がない世の中って、こういうことなんですね。

だとしたら、ちょっとでもベターな方を選びたいじゃないですか。
僕は、せめて外国人と共存する未来の方が断然魅力的に見えます。
少なくとも、「ゆっくり消滅」よりはいい。


新しい生活を支えるために今までになかった職業・雇用が生まれたり、多くの文化が持ち込まれて新しい娯楽が生まれたり、今までの日本人にはなかった新しい愛の形が生まれることも、想像に難くありません。

そんな未来、ちょっとワクワクしませんか?