感情を盛り上げようとしてくる「ショー」には、プロデューサーがいる



先日、国会で感情論をぶつけても基本意味ない(けど、意味がある場合もある)

書いたのですが、では、どういう場合に感情論が効果があるのか?という話。




国会は議論の場であり、またその様子は全国中継されています。

ですので、「観客」がいるんですね。


ちょっと視点を変えてみて、国会を議論の場ではなく、

多くの観客がいる「ショー」として見てみます。

すると、感情論のやり取りはとても輝いて見えます。

真面目な数字の話のやり取りなんて、ぶっちゃけつまらないんですよね。僕もあまり積極的に見たいと思いません。

でも、そこで喧嘩してたり、泣いてる人がいたら「なんだなんだ」と見てみたくなります。


これはとても大事なことで、「感情的になる=注目が集まる」のです。

そもそも注目されなければ、議論が始まらなかったりしますし。

僕は個人的には民放の討論番組ならまだしも、

国会でこういうアプローチをするのはやり方として好きじゃないのですが

今回の民主党が匿名ブログを引き合いに出した件も然り

功を奏する場合もあるのは事実です。


なんだかんだいって、人は感情で動くものだと思います。

僕も某テーマパーク企業の研修でよく言われたのは

「人間の80%の行動は感情によって動いている」

ということでした。

「情動"という言葉はあるが、"論動"という言葉はない」

というのは誰が言ったか忘れましたが、上手いこと言いますよね。

そういう意味で、「ショー」の場では感情的に訴えることにはとても大きな意味があります。


ただ、気を付けないといけないのは、「ショー」には必ず「プロデューサー」がいます。

僕らが見極める必要があるのは、そのプロデューサーがどんな人なのか、ということ。


このプロデューサーは信頼に足る人なのか?

このショーが提供してくれる感動に偽りはないのか?質は高いのか?


この盛り上がりにのっかるべきか、様子見すべきか?


乗っかって上手くいけば、世の中は良い方向に変わるでしょうし、

途中でプロデューサーがヘマをすれば、乗っかった人たちみんなが残念な思いをします。


最近の例で言うと、育休議員の件がありました。

育休を取りたいと希望する国会議員が出てきて、大きな話題となりました。

育休の話は普通に考えれば個人のことなので、それぞれが取り組めばいい話なのですが

やはり国会議員が


「俺は育休をとるぞぉぉ!!」(ワァァァァーーーー!)


とテレビでアピールすることは、多くの国民の心を、感情を動かし、

しいては行動さえも変えさせます。マスが変われば個人も変わりやすくなります。


僕もこれには完全にのっかっていて、

「この人は信頼できそう!これは日本が変わるおおきなきっかけになる!応援しよう!」

ってなってました…


まあ、ことの顛末はご存知の通りです。


とはいえ、じゃあ「誰も信じない、どんな動きにものっからない」では

なにも良い方向に変わりません。

僕は社会が無変化なのは後退と一緒だと考えてるので

何度残念な気持ちになろうとも、人を信じ、のっかっていかないとなあ、と思います。


というわけで、これからもいろんな社会問題にのっかっていく所存です。



良いプロデューサーに巡り合えることを祈って…