第四章 「男と仕事」 旧来の「男らしさ」の束縛(4/5)



■第四章 「男と仕事」 旧来の「男らしさ」からの束縛


前回は、「差別意識は環境の変化などにより誰にでも発生し得るもの、
そういう自分の意識を認めてあげることが大事」という話でした。

今回は「男らしさ」の形成において大きな部分を占める、
仕事」についてのお話です。



【「こんなにプレッシャーだとは・・・」】


シュフになって気付いたことは、「女性の役割」の重さだけではありません。
それがわかったと同時に、「男性の役割」の重さに気付きました。

「大黒柱」、って言葉がありますよね。
家族の収入源を一手に引き受ける、もしくはメインで引き受ける意味として
使われることも多いです。

僕が主夫になってしばらくしてから、妻が僕にポロッとこんな言葉をこぼしました。

「一家の大黒柱になるのが、こんなにプレッシャーだとは思わなかった」

妻が当時言っていたのは、

「昔は、心のどこかで、仕事が辛くなったら会社を辞めてしまおう
ムーチョの収入があるからなんとかなるでしょー、と思ってた。
でも、今は私が辞めたら一家全員が路頭に迷うから絶対に仕事は続けなくちゃならない

と。
それが、僕が主夫になり、世帯の収入源を一手に背負うことになり、
そういう心の逃げ道が無くなったことが、相当こたえたようでした。
妻も結局、収入の部分は男に頼ろう、と思っていた訳です。

僕としては、
「まあ、そりゃ大黒柱ってそういうもんだしなあ・・・今更なにを・・・」
という感じでしたが、
でもこのライフスタイルでしばらくやっていこうと
夫婦で話し合って決めたわけですし、

僕が主夫業で「なんで男の僕がここまでやらないといけないんだよ!
と不満をこぼしたのと同じように

妻が外働きで「なんで女のあたしがここまでやらないといけないの!?
と不満をこぼしただけなわけで、

妻も仕事や人生の価値観で悩んでいるんだなあ、と
似た者同士でブーブー言いつつ、慰め合いつつ、乗り切りました 笑

(ちなみにこんな不満も、はじめの2、3年くらいでした。
それ以降はすっかり慣れきってしまって、
むしろ自分たちが「逆転夫婦」ということなんか普段全く意識もせず、
今はそれぞれ主夫、外働きという自分の職業にお互いプライドを持って
毎日やっています)

とにかく、世の中の男性は、こういう”大黒柱プレッシャー”を、
「当たり前」のように思ってる人が多いのではないでしょうか。

これは、実は当たり前じゃないかもしれないですよ・・・!?

実は、自分が気付いていないだけで、ものすごいプレッシャーを感じながら
生きている人が、たくさんいるんじゃないかと思います。

もちろん、夫婦で一緒に稼いで、夫婦で一緒に育児と家事をがんばろう、
という家庭もたくさんあるとは思いますが、
例えば日本の男性の育休取得率を見ても2%程と、
まだまだ分担には差がありそうです。


【男性差別は、誰がする?】


こんな記事があります。

男性の育休取得が激減…背景に「パタハラ」

育児をがんばろうと思っている男性がいても、職場の他の男性から
批判されるパタニティ・ハラスメントについてです。
職場の男性からの理解を得られにくいケースもあれば、


「専業主夫」はあり? なし? 男性が家庭に入ることについて、女子が本音を告白!

こんな風に、女性から恋愛対象として理解を得られにくいケースもあります。


「私は“オネエ”じゃないの!」 黒一点の彼らが抱える「男性問題」の深淵
「男だから」というイメージで機会が奪われる男社会以上の不条理

お客様、他の女性の同僚から理解を得られない場合なんかもあります。

どれも、なぜ男ではダメなのか、明確な理由はないですよね。
どれもただ、
男だから、こうあるべき
という主張です。

これらを見ても分かるように、

男性差別は、男性からも、女性からも受ける」のです。
(もちろんその逆も然りです)

よく、性差別の問題になると男性が槍玉に挙げられることが多いですが、
僕はニュースを読む時なども差別している・されているのは誰か?
というところをしっかりを見極めようと、注意しながら読んでいます。

例えば、女性が不当な扱いを受けている、というニュースは、
ではそれは誰のせいなのか、というと、
必ずしも男性のせいだけではないこともあります。
女性が「それは私の”女らしさの価値観に合わない”」と、
他の女性を差別していることだってあるわけです。

逆に、男性だから不当な扱いを受けている、というものだって、
では女性のせいなのか、というとそういうわけでもありません。

男性にも、女性にも原因がある、もっと言えば、
それぞれの性の
「男はこうあるべき」観、「女はこうあるべき」観が
原因になっていたりします。


【「男=仕事」、仕事至上主義】


というわけで男性からも女性からも受けるこの男性差別ですが、
男性を、こういう「旧来の男の役割」から解放してあげない限り、
「他の何よりも仕事を優先すべき」というカルト宗教じみた
仕事至上主義的思想から脱却しない限り、

男性は本気で育児に取り組むことはできませんし、
女性は本気で仕事に取り組むこともできません。


第一章で僕がサラリーマンから主夫になった時、なにを失ったのか、
という話をしましたが、僕は
「サラリーマンで外働きをする」
ということを失ったと同時に、そこに付随していた
「”男らしさ”という自己イメージ」
を失ってしまったのです。
だからあの当時、自分のイメージが揺らいで、とても不安になってしまったんですね。
僕もその時はじめて、仕事をすることによって得られる「男らしさ」
というのは大きいんだなあ、と自覚しました。

それほどまでに、僕は男にとって仕事という要素は大きいと感じています。
特に日本においては、「男=仕事」くらいに思っている人も少なくないのでは
ないでしょうか。

【旧来の「男らしさ」からの解放】


必ずしも男が仕事を選択しなくてはいけない、ということはないのです。

小さい子供が家にいたら、単純に考えて、
妻か夫のどちらかが家で面倒を見なくては、育児はできないわけですよ。
(まあ今はイクジイとか言われてたりしますけど、それもまだまだ少数ですし)

これは、どちらか一方ではなく
両方同時に進めていかなければいけない問題だと思っています。

旧来の「男らしさ」から男性を解放すれば、
男は後ろめたい気持ちを持つことなく、育児に本気を出すことができます。


育児参加ではなく、本格的な「育児”社会”参加」

ができるようになります。

言ったらちょっとやってくれる人、から、言わなくても全部やってくれる人
成長することができます。

妻が1ヶ月の長期出張にいっても、3才と1才の子供を安心して夫に任せられる
そんな家庭が増えていってほしいなと思います。


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「男らしさ」を作る大きな要素、「仕事」を例にお話しました。
「男らしさ」を作り上げているものは他にもたくさんあるのですが、
それらを挙げていったらキリがないので、今回は
特に今回のテーマでもある「男性の育児”社会”の参加」という部分に
関わりの深い「仕事」について取り上げてみました。

次回が最後になります。
今まで散々「オトコラシサガー、オトコラシサノ解放ガー」と言ってきましたが、
じゃあ結局どうしたらいいの?ってところですよね。

新しい、複数の「男らしさ」を作る、というお話です。



→■第五章 新しい、複数の「男らしさ」を作っていこう

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