第三章 環境を変えることで見えてくる差別意識(3/5)



■第三章 環境を変えることで見えてくる差別意識


前回は「男らしさ」は「女らしさ」の逆のものではない
多様な性の「らしさ」があるし、それらを持つことは悪いことじゃない
それぞれを認めていこう、という話でした。

さて、それではこういった話をふまえつつ、差別の話に入ります。

皆がそれぞれの価値観を、完璧に認め合える社会、理想ですよね。
しかし、現実的にはそう簡単ではありません。
自分がなんの悪気もなく持っている「らしさ」が、
環境を変えるだけで、「差別」に繋がることもある、という
ことをお話したいと思います。



【僕の中の差別意識】


「先程から偉そうにジェンダーについて語ってるけど、
ムーチョは性差別意識は全くないのか?」

と言われそうですが、僕の中にも差別意識はあります。恥ずかしながら。
そういうものを無くすべく、日々いろんな情報や価値観をかき集めています。
見つけ次第、どんどん潰しています。

差別意識の対象はいろいろありますが、特にジェンダーに関することについては
男性の主夫という立場になってはじめて気付いたものがたくさんあります。

今ではある意味自分の状況に感謝しています、
もしもこういった自分の中の差別意識に気付けなかったら、
僕の周りの人をもっと傷つけることになっていたかもしれません。
今のこのどんどん多様化している社会で
自分の差別意識に気付けていない方が、危険というか、
幸福度の低い人生を送ってしまいそうだなあ、と思っていますし。


【差別は、語っていけないもの?】


差別意識は、これは僕の勝手なイメージですが、
日本では

「普段語るべきでないもの」
「タブーなもの」
「絶対持ってはいけないもの」

という感じです。

特に、「普段語るべきでないもの」というのが、僕は個人的に今でも居心地が悪いです。
臭い物にはフタ、って感じがして。
(だから僕はアメリカのアニメ「South Park」をネットで観ながら、
ああいう内容が普通に公に放送できる国が羨ましいなあ、といつも思っています)

差別意識っていうのは、普段の生活をしていると、あまり気付けるものでもないんですね。
環境が変わって、接する人が変わり、
与えられた役割が変わり、持てる権力が変わり・・・

そういった時にはじめて、気付いたりするものです。

【成田空港で見た衝撃の光景】


またシンガポールの例になって恐縮ですが。

僕が住んでいた当時、25年前のシンガポールでは、日本人駐在員はメイドを雇うのが
一般的でした。なので、僕の家にもメイドがいました。フィリピン人でした。

うちの親父は通勤用にマレー人の運転手を雇っていました。
タクシーの運転手はマレー系やインド系が多かったです。
ショッピングセンターにいくと、華僑系の人達がよく店にいました。
オフィス街では、白人をよく見かけました。

シンガポール生活を続けていくうちに、小学生の僕の中で、
「どの職の人は、どの人種」といった傾向の情報が蓄積されていったんですね。
で、そんな状態で日本に戻った時、僕はあることにびっくりしました。

成田空港の警備員が、日本人だったのです!

「なんで、日本人が警備員をやってるの?」って素で思いました。

今考えると、すごい人種・職業差別意識ですよね笑
でも、小学生の僕は、純粋に驚きました(だから今でも覚えてるんだと思います)
シンガポールでは、日本人が警備員をやっている姿は全く見なかったので。
日本人といえば、オフィスワーカーだったから。

でも、ふと我に返り、ああ、そうか、ここはもう日本だもんな、当たり前だよな、
となりましたけど。


【主夫業を通して垣間見えた「女性の役割」の重み】


話をジェンダーに戻します。

僕は、独身会社員の頃は、飲み会なんかで「主夫になりてーなー」なんていっていました。
家事もできるし、きっと向いていると思うんだよね」とも。

これは他人には言いませんでしたが、自分の中で

「女性ともそれなりにちゃんと話せるキャラだし、
 育ってきた地域・家庭・学校もどこも保守的なところはなかった
 そもそも自分の中に女性に対する差別意識なんて全然ない
 本当にリスペクトしてるし」

と思っていました。

そして、主夫になって環境が変わり、接する人が変わり、与えられた役割が変わり・・・

はじめて



甘かった



と痛感しました。

僕は、結局女性の役割の表面的な部分しか見えてませんでした
女性から発せられる役割の悩みを、本当に自分のこととして捉えてなかったし、
どこかで「自分とは関係ない」と、心の中で仕分けしていました。


そんなに多くはないけどママ友さん達と仲良くなり
いろんなところに遊びにいったり、
父母会活動を通してお互いの考えを交換したりなど、

シュフという極めて女性がマジョリティな職業に就き、
同じ業務をこなしていく中で、

仕事、子供、時間の使い方、健康、地域交流、与えられる役割・・・
「女性、というだけでこんなに難しい選択を迫られることが、
 日々でこんなに多いのか」とわかりました。
(まあ、それでもまだ全然全貌は見えてないとは思いますが)


【「気付けない」という恐ろしさ】


サラリーマンをやってた頃の自分だったら、
あの男性優位な組織社会の中にいたら、
きっとこんな風には思えなかったでしょう。

居心地が良すぎて、いや、居心地が良いという認識もできず
それを当たり前のものとして「疑問すら湧かなかった」でしょう。
それか、もしかしたら「ワークライフバランス研修」なんてのを
年に1回くらい受けて、「なるほど!」なんて、分かった気になってた
だけかもしれません。


「日本人の警備員だ!」
の話もそうですが、違う環境にいると、その環境の価値観が”当たり前”になります。
そして、そこに差別意識があるのかどうかは、
その環境を出てみないと「気付けない」ものもあったりするのではないか、と思います。

過去にそんな風に女性の役割を甘く見ていた自分は本当に恥ずかしい限りですが、
しかし、育児の主担当になった新米主夫の頃に
「甘く見ていた」ということも事実ですし、
またそういった差別意識が元になっていろんな不平不満が出たということも事実です。

本当はこんなこと恥ずかしすぎて書きたくもないけど、
これから長期育休や主夫になる人達にとって
なにかの参考になることもあるかもしれないので
自戒を込めて、忘れてしまう前に書き残しておきます。



【差別を感じよう、語ろう】


差別は、「環境を変えることによって気付く」ことがあるし、
それが出てしまうこと自体は、恥ずかしいことではあるけど、
世の中にいろんな異なる価値観がある限り、仕方の無いことです。

一番良くないのは、そういう差別は、自分は感じてないと
自分自身の気持ちに目を背けてしまうことだと思います。


自分の中の差別意識に気付いたら、恥ずかしいかもしれませんが
「あの時、自分はこう感じていた」と、
周りに表明してみること。
それが、差別を語るということだと思います。

そしてそういうことを繰り返すことで、世の中で

「ああ、差別っていうのは誰にでもあるものなんだ、
 ”感じてはいけない” ”語ってはいけない” ものではないんだ」

というイメージが広がり、それが差別を減らすことに繋がっていく
と思っています。


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差別の話がちょっと長くて恐縮です。
しかしこれは「らしさ」を考える上で、避けて通れない
負の部分でもあるので、きちんとお話させて頂きました。

では次は、もう少し「男らしさ」を紐解いていきましょう。
「男らしさ」のかなり大きな部分を形成している「仕事」についてです。

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