専業主夫と3才児神話




長文になっちゃったので、目次。


  1. きっかけは、ウチの子のちょっとした変化

  2. 男性的な育児が原因!?

  3. 細かいところで差が出る、パパ育児・ママ育児

  4. 親を不安にさせる「3才児神話」

  5. 迷信だとは言い切れない?認めたくない”限界”

  6. "3才児神話"に感じるモヤモヤいろいろ

  7. 真偽はわからないけど、結局は、誰のために、なにをやるか



【1. きっかけは、ウチの子のちょっとした変化】


最近、うちの下の子がちょっと神経質だな、と思うことがよくある。

ちょっとした音、たとえば僕が机にコップを置く音だとか、ちょっと遠くで鳴っている掃除機の音に敏感に反応して、「うるさい」という。

感情の高ぶりが早く、お姉ちゃんにおもちゃをとられたなど、ちょっと気にくわないことがあると、泣き叫ぶ。

簡単に言うと、なんだかビクビクしやすい子になっている気がするのだ。

こんなことは小さい頃にはよくあるとも思うのだが、最近それが半年前くらいに比べて顕著に出ているので、ちょっと心配になった。



【2. 男性的な育児が原因!?】


原因を考えてみた。

確信はないが、どうも僕が大きな声を出したり、粗雑な動作をしたりする時に嫌がっていることが多い気がする。

僕は、自分で言うのもなんだが、シュフをやっているけどいわゆる「草食系男子」と呼ばれるような男ではないと思っている。
いや、男でシュフをやっていますというと、よく「お料理大好き、お裁縫大好き、少女マンガに出てくるような乙女チックなキャラ」なんじゃ?というイメージを持たれてしまうので先に弁解しておく。

ついでに言うと、僕の親父も「男は稼いでナンボ、女は面倒を見てやるもの」といういかにも団塊の世代的な性格なのでそんな影響も受けていると思う。



【3. 細かいところで差が出る、パパ育児・ママ育児】


そんな僕が、ずっと乳幼児の育児をしてきた。

やはり、女性の親がやる子育てとは、内容が違っているだろう。

作る飯も、栄養バランスは意識はしつつも、「B級グルメ」的なものが多くなる。カレーとか焼きそばとかどんぶりものとか。理由は、僕が好きだからだ。毎日のことだし、どうしても自分の好みが作る料理に反映される。

子供との遊びも、おままごとはほとんどしない。娘達はやりたがるが、僕が楽しめない。というか、人生でやったことがないので、「おままごと」という遊びをどう楽しんでいいのかわからない。一応付き合うし、一通りやるけど、積極的にはしない。

逆に、戦いごっこはよくする。楽しいから。楽しいことは、積極的にできる(今の時代の幼女の人気アニメが「プリキュア」という戦う魔法少女モノで本当によかった)。

子供を叱る時も、理詰めで叱る。いや、これは良くないのはわかっている。小さい子は論理思考が育ってないから、気持ちの部分を汲みながらこちらの思いを伝えないとちゃんと伝わらない。
でも、僕は子供の顔色や泣き声のトーンで感情を察知するのがあまり得意ではない。言葉で伝えてもらえないと、こっちがわからなくて不安になるのだ。

こういった子育ての仕方、これも子育ての一つと割り切ってしまえばそれでいいのだろうが、もしも僕の子供がこの一般的な「母親メイン子育て」をしてこなかったせいでなにか問題が出てしまったら、たとえば神経質な性格の子供になってしまっているとしたら・・・!?



【4. 親を不安にさせる、3才児神話】


ここで頭をよぎるのが、あの「3才児神話」だ。

3才児神話とは、大きく3つの主張があるとされている。


  1. 子供の成長において、3才までは非常に重要な時期である

  2. その大切な時期には、生来的に育児の適性を持った母親が育児に専念すべきである

  3. その大切な時期に、母親が就労などを理由に育児に専念しなければ、子供の成長過程に悪影響を及ぼす。

これは、厚生労働省の見解としては、

「正しいとする根拠もないし、間違っているとする根拠もない」

とのことらしい。
科学的根拠がないから、迷信めいたものなのだが、それでもなお心の奥で信じる人は多い、本当に「神話」なのである。

この3才児神話は、働く女性が増えている現代社会では否定されがちである。

というか、ワーキングマザーの間でなんか、ものすごく否定されてる。

いや、それこそ3才児神話という言葉すらタブー扱いなんじゃないかというくらい毛嫌いされている。

僕だって専業子育てシュフだし、こんな神話あってほしくない。仮にこれが正しいとされたら、僕ら夫婦がやってきたことは間違いになるわけだし。

3才児神話なんて、老害達が自己肯定と若いママいびりの為に持ち出してくる荒唐無稽な妄言だと信じたい。

仕事社会も、子育て社会も男女平等!能力差なんて全くない!



【5. 迷信とは言い切れない? 認めたくない限界】


だけど。

毎日の育児の中で、どうも自分の中で矛盾というか、性別の限界を感じることがある。

赤ちゃんを安心させるおっぱいが出ない。

乳幼児が好む高い声が出ない。

つい子供を触る時、力を入れすぎてしまう(僕は普通に触っているつもりなのだが、子供いわく、ママに比べて力が強くて痛いのだそうだ)。

身体的な差だけではない。性別的な好みもある。先のおままごとの例もそうだが、男が好むものと女が好むものは違う。女性が好むものって、子育てと相性がいいものが多い気がする(ここでいうのはあくまでも性差の傾向の話であって、個々の話ではないです)。

女性はお茶とか好きだけど、男は飲みの方が好き。子連れでお茶はできるけど、子連れで酒は飲めない。

こんな例はほかにもたくさんある。女性が普段やること(子供の有無に関わらず)の延長線上に乳幼児は居やすいけど、男性の普段の生活に乳幼児は居づらいことが多いと思う。

ダラダラと書いてしまったけど、要は

「乳幼児が喜ぶことをしようとすると、どうも女っぽくなる。結局のところ、父親も、子供が乳幼児の頃は母親育児の真似をしなくちゃいけないのか?」

ってこと。
僕はそんなこと全然望んでないんだけど乳幼児の需要に答えようとすると、結果的にそうなることが多い(ここでいう「女っぽさ」というのは僕の主観だから、また人によって、時代によって変わるかもしれない。ただ、僕という一個人が実感としてこう感じているということをお伝えしておきたい)。

だから、「キャラじゃないんだけどなあ」と思いながら、高い声で、時には教育テレビの歌のお兄さんのように、男臭さ皆無な感じで子供らと接したりする。

繰り返すが、はじめからやりたかったわけではない。子供に通用するやり方を試行錯誤してたら結果的にこうなったのだ。



【6. "3才児神話"に感じるモヤモヤいろいろ】


3才児神話の真偽はわからない。まだ言葉をろくに扱えない幼児に

「今の育児環境の満足度は?」

なんて聞くわけにもいかないし、そもそも「なんらかの悪影響がある」なんて漠然としたものだから、成長後の統計をとるのも大変だ。まずなにをもって「悪影響が出た」とするのかという定義から大きな議論となるだろうし。

肯定はもちろんしてないけど、完全否定するには自分の中でモヤッとする部分があることも事実。



■モヤッとその1:なぜ、世の女性は3歳児神話をあそこまで否定するのだろうか?

年輩の人達が3歳児神話を押しつけてくるのはわかる。でも、これがたとえば「10歳児神話」だったとしたら、ハイハイ、とアホらしすぎて特にコメントすることもないんじゃないだろうか。3歳という年齢、そこには「アホらしい」と一蹴できないなにかがあるのではないか?



■モヤッとその2:なぜ、男は乳幼児育児に積極的に参加しないのだろうか?

男性が育児を積極的にやれば女性が喜ぶのはわかりきってることだし、今の時代はイクメンなんて言葉もでき、もてはやされること必至だ。なのに、多くの男性は腰が重い。そこには、「ロールモデルがいないから」「男らしい行為じゃないから」「知識がないから」などの理由があるだろうが、根本にあるのは、

「3歳児くらいまでの子供の相手は楽しく感じられないから」

なのではないか?

人間、楽しければなんでもやるはず。そもそもやってほしいという女性側の需要はあるわけだし、男性側がやりがたればなにも遮るものはない。

ちょっと試しにやってみたところ、あまり楽しくない・・・
疲労や、やらされ感の方が多い・・・
これだと、子育ては続かない。

女性は赤ちゃんにおっぱいを吸われると、幸せを感じるのだそうだ。子育てにそういった「ご褒美」がある。でも男にはそういった機会もない。

うちの妻なんかある時、子供を見てるだけで「かわいい・・・っ!」とかいって泣き始めたことがあったんだが、僕はよくわからなかった。
赤ちゃんはちっこいし、チョコチョコと動きも面白いし、かわいらしい存在だとは思うけど、泣く程じゃないだろ、と。女性は心理的なご褒美を赤ちゃんからたくさんもらってるんだなあ、と思った瞬間だ。

ある程度大きくなれば一緒にキャンプにいったり、ゲームやスポーツを楽しんだり、社会の規範を教えたりできる。しかし乳幼児相手にはそういった一般的な男性が好む行為があまり役に立たない。
これが通用し始めるぎりぎりの年齢が、4歳くらいからなのである。

僕自身、子育てを本当に心の底から楽しい!と思えたのは子供が4歳になったくらいからだ。
3歳までは母乳もあげられないもどかしさもあったし、おむつ替えや散歩、風呂など普段どんなに僕が一生懸命世話をしてても子供達はなにかあった時は「ママーママー」だった(あくまでもウチのケースでは、ね)。今では僕の方にくるようになったけど。
子供から求められないと、やりがいも感じられない。自分がいないとダメ!という責任感が持てないし。

こういったことが男の「子育ては楽しくない」につながっているではないか。

とすると、3歳児に母親が重要という話になったのは、3歳までは父親が子供からのご褒美をもらいにくく、また子供からの需要がそもそもない、ということの結果でもあるのではないか?



■モヤッとその3:なぜ、3才児神話が荒唐無稽なものだとしたら、女性は男性にもっと育児の権限委譲をしないのだろうか?

「うちの旦那はなにもしないから」
「男は使えないから」

という意見はよく聞くが、育児のスキルは皆はじめは同じスタートラインなはず。
3歳児神話を否定しつつ、これほどまでに多くの女性が乳幼児の面倒をメインで見るという、この結果は一体なんなのか?

たしかに身体的な特徴や社会制度の現状からして女性メイン育児が多くなるのはわかるが、女性がこれだけ仕事社会で活躍している現代社会で、男メインの育児家庭がほとんどないのはバランスとしてさすがに不自然だ。男性の子育てシュフなんて、いまだに「ただ男がシュフやってる」ってだけでTV取材が来るほど珍しい存在なわけで。

心のどこかでは母親は母親らしくという神話を信じていて、「社会は男女平等であるべき、でもウチではママの私が乳幼児の面倒をしっかりみますよ」というダブルスタンダードが透けて見えるのは気のせいだろうか。



【真偽はわからないけど、結局は誰のために、なにをやるか】


とにかく僕らの家庭の場合、もう下の子も4才まで育っちゃったし、仮に今さら3才児神話は正しかった、なんて言われてもどうしようもないのだけど。

僕の男視点の育児が正しかったか、間違いだったかはわからない。でも僕が男だろうと女だろうと、子供が喜ぶことをしっかりを観察して、嫌がることはやめる、喜ぶことはもっとやる、というやり方は変わらないのかもしれない。というか、そう思うしかない。

ウチはいろいろな経緯で僕がシュフをやるという役割になった。だから、僕は僕ができることを精一杯やるしかない。





「ウチの子が神経質っぽい!?」って話から、ずいぶん飛躍してしまった。
とりあえず、できるだけ小さい声で優しく話しかける、というのを今後もっと気をつけようかと思う。


関連する記事