主夫インタビュー:東京都の兼業主夫、堀込さん(前編)



今回ご紹介するのは東京都にお住まいの35才兼業主夫、堀込さんです!

堀込さんは子育てのために育休を経て会社を辞め、現在は翻訳業の傍ら主夫をこなしています。

奥さんは大学の研究者で、お子さんは5才と1才4ヶ月の男の子二人です。



ーこんにちは、今日はよろしくお願いします

よろしくお願いします。



ー主夫になった経緯ですが、いきなり主夫になったというわけではなく、まずははじめは育休を取っていたということですが・・・

そうですね、はじめは育児休暇を取りました。妻の仕事は任期が1年毎の契約なので、産前産後の休暇は法定以上のものは取れなかったんです。しかも当時は産前も取らず、出産ギリギリまで働いていたんです。



ーでは奥さんの方で長い育休が取れなかったということがあったんですね

はい。なので出産して2ヶ月後に入れ替わり、という形で僕の育児休暇がスタートしました。でも逆に言うと、育休を取るまでの2ヶ月は妻が子育てをするという立場だったので、僕はほとんど育児に関わっていなかったですね。



ーいや、それでも育休を取って育児に専念するという決断をしただけでもすごいことです。ちなみにどのくらいの期間取られたんですか?

2年です。



2年!? 思い切りましたね! 当時、上司や同僚の方からなにか言われませんでした?

上司にはかなり言われましたね(笑)。「人生をどう考えてるんだ、なにを考えているのかわからない」と、はじめは全く理解してくれませんでした。でも怒られるというよりは、本気で心配してくれた感じです。育休取得まで、3回のミーティングをして、じっくり話し合いました。



ーなかなかそこまで言われると育休も取りづらくなるものですよね・・・特に堀込さんが当時お勤めだった会社は大手自動車メーカーでしたから、キャリアのことなども気になったのでは?

そうですね、そういうことも言われましたが、私の気持ちは揺るがなかったです。上司も最終的には理解してくれましたし、同期なんかは「まあ君ならそんな選択をする気がしてた」なんて言われました(笑)



ーなるほどー。で、堀込さんの場合この後がちょっと複雑なのですが、この後はアメリカに移住したんですよね?

そうです、私が育休を取ってから1年後に妻のアメリカ転勤が決まりまして、僕も育休だったということもあり家族みんなでアメリカに住むことになりました。



ーこれもまた大きな変化ですよね。

問題はこの後で、妻の転勤は当初1年だという話だったのですが、途中で2年延期になったんです。



ー・・・ということは、今度は堀込さんの育休期間を過ぎてしまうと!

そうです。なので、これも夫婦で話し合ったんですが、私は2年の育休期間の終了に合わせて日本へ帰国し、妻と子供はアメリカで生活するということになりました。

実は私はこのタイミングで会社を辞めたかったんですよ。でも妻が反対しまして。

「そもそも育休を取った理由は2人が仕事を辞めないでいいから、ということだったでしょ。片方が会社員として働いている方が家族の収入としては安定するし、それに『育休パパを増やしたい』といって率先して育休を取ったのに、やめちゃったら後の人が逆に取りづらくなっちゃうんじゃない?」

と言われまして、確かに!と思いました。



ーでも今までずっと育児にかかりっきりだった立場としては、子供と別れて暮らすのは辛かったんじゃないですか?

辛かったですね、というか、持ちませんでした。はじめはアパートに一人暮らしをしてちょっと独身に戻ったような気分にもなってちょっと楽しかったんですが、だんだん寂しくなってきました。妻と子供とはスカイプなどで毎日連絡を取っていたんですけど、これが逆に辛いんですよ。スカイプが終わった後、余計寂しくなってしまう。結局、別居生活は4ヶ月しか続かず、私の方が会社を辞めました。



ーそれからはまたアメリカへ?

そうです。そこから妻の任期が終わるまでの間、またアメリカで過ごすことになりました。



ーこの時は奥さんは反対しなかったんですか?

やはり4ヶ月の別居期間というのが大きかったんだと思います。別居生活を経て、「やっぱりみんな一緒がいいね」という考えに家族全員がなっていきました。



ー会社をやめるとなると、ご両親の方にもそのことを伝えたとは思いますが、どんな反応でしたか?

私の両親の方はむしろ「家族が一緒にいた方がいいから、辞めなさい」と言っていましたね(笑)。義理のお母さんの方も「自分たちの決めたようにすればいい」と。親からこの判断について反対されてはいませんね。むしろ応援してくれました。



ーおおお、理解のあるご両親で素晴らしい!





まだまだインタビューは続きます。後編へ!