子育てがうまくいってない人は、未だに「自分の人生の主人公は自分」だと思っちゃってる人


「自分の人生の主人公は自分」

まあ、普通は当たり前ですよね。




自己啓発本なんかにはよく

「他人に振り回されちゃダメ。アナタの人生はアナタだけのものなんだから、やりたいことを探して自分らしい人生を生きよう!」

なんて、人生に迷っているモラトリアム人間を励ますような言葉が羅列してあります。



しかし。

「自分の人生が自分のものにならない時期」があります、

それは子育て期



子供って改めてよく考えるとすごい存在で、

「社会的に一人の人間として認められているにも関わらず、その人が起こした問題は全て他の人の責任になる」

という非常にズルい立場なのです。

まあもちろん人はそんなことを承知で子供を作り、あえてその大変な「親」になりたがるわけなんですが、ここで先人の知恵をちゃんと受け継いでない(僕のような)新米パパ・ママ達が皆ぶち当たる壁があります。



「子供に手間と金がかかりすぎて、自分の時間がない!自分の金がない!やりたいことができない!」



ここで過去の自分に対する戒めと、いずれ親になるかもしれない我が子への教訓を含め語らせて頂きます。



子供を持った時点で

「自分の人生の主人公」は

自分じゃなくなるんだよ!



子育てで直面する様々なストレス、それはほとんどの場合「自分のペースで生きられない」からではないでしょうか。



子供が夜泣きして起こしてくる、

勝手にスーパーの商品を壊した、

お友達を叩いて怪我をさせた、

仕事中、急に保育園から「子供が熱をだした」との連絡があった・・・



どれもこれも、親は悪くないのに子供が引き起こす問題で親が迷惑を被っています。それどころか、挙げ句の果てには自分は全く悪くないのに周りからは「親のせいだ!」と怒られたり。

親はどれだけ子供に言い聞かせたところで、子供はまた同じ過ちを何度も何度も繰り返す・・・

「なぜ、この子は私のペースを乱すんだ! なぜ? なぜっ!?」

となり、永遠に解決策のない問題を一人でどんどん生み出して、それに取り組んで、ドツボにハマっていく・・・



僕も何度も何度も、何度も何度も何度も何度もありました。

で、ある時気付いたんです。



そもそも『自分のペースがある』と信じてるから苦しいんだ。自分はただのサポートするだけの『脇役』的存在なんだ」



人は、親になった時点できっと一度「自分の人生の主人公」の役を降りるんですよ(もしかしたら他国の子育ての価値観は違うのかもしれませんが、僕は他国で子育てをしたことがないのであくまで日本での話です)。



やりたいことができない? 当然です。そんなことを悩んでるヒマがあったら、「主人公」である子供のやりたいことを聞いてあげてください。親は、あくまでもただの脇役なんですから。もっと言えば、舞台にも出ません。大道具などの「裏方」です。



これは共働きだろうが、シュフだろうが、関係ないです。どんな立場にあっても、

「なにに金と時間を使うか」

というリソース配分を決める際、最優先順位に子供がきます。



「そんなことない!親は親で自分らしい人生を歩いたっていいじゃないか!」

という方もいるでしょう。

いや、いいと思います。やりたきゃやれば。ただ、その生き方が幸せになれるかどうかはかなり疑問です。



独身の頃は「自分らしく生きる」ってのが間違いなく幸せでした。しかし、子供を持つと、絶対に「自分らしく生きられない」んですよ。どこかで妥協し続けないといけない。自分らしく生きようとする限り、妥協だらけの人生になります。そんな、毎日のように妥協し続ける人生、果たして幸せでしょうか?



子育てを奥さんや夫に任せっきりにして大変なところは全部放棄し、「家庭を持っているステータス」だけを手に入れるっていう「オイシイとこ取り」なやり方もあるかもしれません。

それだと短期的には楽ができるかもしれませんが、長期的には晩年に信頼関係を失った家族から見放されながら惨めな余生を過ごすということになるのは、僕らは上の世代から学んでいますよね。失敗例をわざわざ踏襲する程愚かなことはありません。

それならいっそのこと、自分は潔く主人公を降りて、自分と同じ遺伝子を持った、世界に一人だけのかけがえのない人間に花を持たせ、その人生を支える「縁の下の力持ち」の存在になった方がいいと思いません?

主役を降りて脇役、裏方に徹するって思考に変わると、人生がとても楽になる気がします。少なくとも、僕は楽になりました。

趣味だったテレビゲームも、自転車ツーリングも、歌やギターも、ぜーんぶやめました。

好きな服も買わなくなりました。旅行にもいきません。

その金で子供の服を買い、子供に習い事をやらせてます。

なにもかも完全にやめたわけではないですが、「脇役」の立場をわきまえてやっています。

「こんな脇役ごときに、こんな余暇を与えてくださってありがとうございます、主人公様」って感じで。



独身の人達がこれを読んだら、子育てってなんて不幸なんだと思うかもしれませんが、そもそもそういう趣味や贅沢が「やりたくなくなる」んですよね。それも子供の成長を見てる方がずっと、ずーっと楽しい。楽し過ぎて、ドーパミンやらなんやら出まくりですよ。この楽しさばかりは、実際やってみないとわかりません。

僕はかなり我が強く、自己実現欲求がが多いタイプの人間でしたが、そんな僕でさえ、今までの「自分のやりたいこと」ってのは案外ちっぽけなことだったんだなって思うくらいです。

「他人の人生を応援する人生」ってのも、意外と悪くないもんです。



よく、特に女性誌なんかで

「女も、仕事も、母親も、ワタシもあきらめない!輝く!」

みたいなキャッチコピー見ますけど、あれってなにが幸せなのかわかりません。自ら全ての競合する課題を抱え込んでるようなもんです。こんなことが全て100点満点にできるのは一部の例外的な超人だけ。一般人がこんなことやろうとしたら毎日が葛藤の連続なこと必至です。

「私は母親、以上。あとはオマケ」でいいじゃないですか(もちろん男の場合は「私は父親、以上。あとはオマケ」ね)。それがイヤなら子供を産まなきゃいい。

「大学では、ゼミも、サークルも、恋愛も、バイトも、ボランティアも全部全力を注ぎたい!」

っていって、卒業間近になってどれも中途半端でなにも身についておらず悩む大学生みたいな状況になる気がします。



それにこの「脇役」はあくまでも期間限定、死ぬまで続くわけでもありません。誰もがそうであるように、子供は思春期になればほっといても親から離れていきます(逆にそうでないと危ない)。その時にまた「主役」に戻れるんです。80年の人生の中で、20年くらい「脇役」をやるってのもアリだと思うんですよね。



ちなみに僕はこの思考になるまでに5年かかりました(だって誰も教えてくれないんだもん・・・)。

そして不思議なことに、この発想になってからは、逆に自分の時間が増えたという実感を持てています。



まあ万人受けする発想かはわかりませんが、これから親になる方のなにかの参考になれば幸いです。





いやーしかし、今からワクワクするよな! 次は、どんな主人公キャラになろうかな!?



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2012.07.08

追記です。

記事の反響が大きかったので追記として記事を書きました。

「子育てがうまくいってない人は、未だに『自分の人生の主人公は自分』だと思っちゃってる人」の、追記



また、「記事がわかりにくい」という声があり、補足的な表現として漫画も描きましたので、 興味のある方はこちらもご覧ください。

「子供を持った時点で自分は脇役になる」って話をドラクエに例えてみた 前編

「子供を持った時点で自分は脇役になる」って話をドラクエに例えてみた 後編