ホワイトカラー会社員の残業は「趣味」だからエラくないんだよ



残業は「趣味の時間」と定義すべき


「残業」は、よく「仕事」扱いされますが、あれは「趣味」です。

もう少し詳しく言うと、ホワイトカラーの残業は、「仕事」の一部だけど、「MUST」の仕事じゃない場合がほとんどだから、拘束時間の仕事と同様に「仕事だからしょうがない」という論理をそのまま当てはめるのはおかしい、ということ(ブルーカラーやフリーランスは状況がかなり違うしややこしくなるので今回は割愛)。会社視点ではそうは思わないかもしれませんが、会社員をパートナーに持つ専業シュフ視点から見たら、そういう扱いが妥当なのではないかと思います。

その「趣味」を応援するか否かは別問題ですが、仮にパートナーから大して応援されてない場合でも「残業」を大義名分にして、それを理由に他のタスクから逃げるのはおかしいし、許されるべきことではないということです。

いや、わかってます。僕も以前は会社員やってましたから。そうじゃない場合もたくさんあるってことくらいは。業界や地位、会社規模によってもいろいろ違うってことくらいは。

僕も正社員で3社、全部人事系でしたけど、一部上場企業のテーマパーク業、旧財閥系電機メーカー、二部上場の塾経営業、そして長期派遣社員として家事代行のベンチャー企業も経験しています。その他短いものでは大手携帯キャリア会社やテレビ局などでも働いたことがあります(悲しきかな、病気で生活が不安定だった分、いろんな業界をみてきました)。自慢するほどのことではないですが、一社しか知らないで語っているということではない、ということだけお伝えしたいです。



残業は、決して誇れるようなものではない


いろんな会社に出向き、働き、そこで働いている人と話し、やはり思うことは「残業は全然誇れるものではない」ということ。

指示命令があった場合はもちろん違います。僕も以前の仕事では海外出張続きでいつが休日だよ、ってこともありましたし、研修系の仕事は夜開催のことが多いのでしょっちゅう残業していたこともあります。これらは社員として会社から「やれ」と言われた仕事なので、組織の一員としてもちろんやりますし、誇れる仕事です。

しかし、そうでない、「仕事が終わらないから残業してる」系の残業。これは、仕事という名の趣味です。これが理由で発生した残業は、誰からも求められていない時間の使い方。会社としてはもちろん拘束時間内にやることやって帰って欲しい訳で、残業して欲しいなんて求めていません。残業代が発生するし、残業代を払わなくても残業していないよう違法行為を隠す努力をしなくちゃいけないのでどちらにしろコストなわけです。

それに、よく皆会社で定時までに仕事が終わらないと、「終わるまでやる」という発想に陥りがちですが、それは視野が狭い。そこには選択肢があるのです。

「個人の時間を割いて残業をして、家族に謝る」

か、

「仕事はここまでしかできませんでしたと仕事関係者に謝って、家に帰る」

か。

こう聞かれたら多くの人は前者を選択するでしょうが、そもそもこの選択肢、頭に浮かびますか? 後者の選択肢だって、仕事の内容によっては全くナシな話ではないですよね? こういった選択肢があるのに残業を選ぶということは、残業は仕事の延長線上ではあるものの、個人の判断で勝手にやっているものなので家族からみたら必要性の低いもの、つまり趣味程度のものだろう、と言いたいのです。

え? 残業時間にも「MUST」の作業がたくさんある? 本来なら拘束時間に終わらせなければいけない仕事が終わらないので、なら、どこかに問題があるのです。職務か、仕事量か、計画か。いずれにせよ、それは「普通」ではなく、「異常」な状態ですよね。早めになんとかした方がいいですよね。



どこまでが仕事?


「飲みにいくのも仕事」

「こういうところに顔を出して覚えてもらうのも仕事」

「関係する本を読んでおくのは仕事をする身として当たり前」

会社員なら誰しも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。団塊の世代なんかに言わせると、もう生活全てが仕事、人生=仕事位の勢いで仕事を語りますよね。でも、そうでしょうか? そもそも仕事ってどこまでを仕事って言うのでしょうか?

ホワイトカラーにとっての仕事とは、雇用契約書に書いてある「職務」の部分です。被雇用者は、その職務を果たすことにより給与という対価をもらいます。だから職務を果たすことはやらなければならないこと、「MUST」の部分です。例えば僕が研修をするという職務を与えられており、「残業したくないから」という理由で、残業しないとできない研修を欠席したら、それは完全に職務を果たしていないので、クビにされても文句は言えません。「MUST」の仕事はやってもらわないと、職を失い、給与を失うのでパートナーの専業シュフとしてもそれは避けて欲しいところです。

しかし、職務とあまり関係ないものは、仕事扱いはできません。「長い目で見たら役に立つから」「こういうこと覚えておいたほうがいいよ」的な話はしょっちゅう聞きますが、よく考えてみると使った時間の割には大して役に立ってないこと、多くないですか? こういうことは、「MUST」の仕事とは呼べません。もちろん、時間に余裕のある時に積極的に取り組むのは自己啓発的にとても良いことだとは思いますが、「職務」とかけ離れているのであれば優先順位としては低くしておかなければいけません。



「終電帰り」は無計画をアピールしているだけ


よく聞くのが「終電まで残業をしていた」という話。こういう話を同僚にすると「わー、エライ! すごい!」ってリアクションが返ってくるので、あまり会社を知らない人は「ああ、私はエライことをしたんだ」と錯覚してしまいますが、こういうカン違いをさせるのは可哀想なのでやめましょう。同僚はただ「自分の時間を割いてまで、うちらの面倒をおっかぶってくれてありがとう!」と思ってるだけなので。

それによく考えると、「終電」って時間が目安になってるってのもおかしな話ですよね。終電の時間って、会社が決めているわけでもなく、個人が決めているわけでもなく、交通機関が決めているものですから。業務量を把握して計画を立てていたら、そこが基準になるわけがない。普通に仕事をしていたら、業務内容が毎日全く同じということはホワイトカラーにとってはほとんどないことなので、同じ時間配分になることは起こりえないはずなのです。なので、終電が帰宅ラインの人は

「とりあえず時間ギリギリまでこれをやろう」

という、ただの無計画さをアピールしていることにほかなりません。



クオリティを限界まで追求する人達


「いや、この企画書はあとちょっと時間をかければ、もっとわかりやすくなるんだ!」

「ここはもっとこういう工夫をした方が、お客様に喜んでもらえる!」

ええ、わかります。僕にもこう考えていた時期がありました。でも大体こういうのは「自己満足」です。残業までしてダラダラやっているような作業は、時間対効果が低い。

そもそも、なぜ100点を求めるのでしょうか。時間で区切られた会社員という属性である以上、100%のクオリティなんて無理なのに。クオリティをただひたすら追求する仕事がしたいなら、職人系の仕事やフリーランスになった方がいいです。会社員に求められていることは、時間という限られたリソースを使って、最大限の結果を出すこと。時間は無限にあるわけじゃない。会社員は、一日8時間働いたら、結果が80点だろうが、40点だろうが、帰るもんなんですよ。40点で悔しくても、それがその人の実力なんですから、しょうがない。まあ会社なんて70点取れればいいんじゃないですか? 足りない部分は、他のメンバーや後任が補うものですし。組織なんだから、個人に求められているレベルなんて、そんなものだと思います。

もしも毎回赤点しか取れないようなら、その人は求められている能力に達していないということなので、転職した方がその人にとっても、会社にとってもハッピーなことだと思います。



「仕事さえ」


残業し続けることに疑問を持たない人は、「仕事をすることが家族の幸せに繋がる」と、本気で信じている人が多いです。これは本人が悪いというわけではなく、自分の父親や母親をロールモデルにして、そう育てられてきたというところも多いと思います。実際、日本がまだ高度経済成長時代の時はこれがある意味その通りでした。「金を稼いで裕福になる=幸せ」という単純な図式だったからです。仕事をすればするほど偉くなり、金がもらえ、家族が喜ぶ。だから「仕事さえ」していればそれでよかった部分もあったのです。

しかし、今の時代は違う。どんな政治家や経済学者に聞いたって、「日本はこれから大きな経済成長を遂げる」なんて言う人はいません。家族との時間を犠牲にして、がむしゃらに働いたところで出世して金持ちになれる保証なんてどこにもないし、誰もそんな希望を持てていません。それに今の若い人達は、熟年離婚しまくる自分の父親・母親世代を見て、「仕事だけしていれば家族が幸せになる」って考えは間違っていたんだということに薄々気づいています。

先人達の失敗を見てもわかるように、仕事のみを頑張っていたって家族は幸せになりません。家族として頑張って欲しいのは、家にお金を安定的に入れてくれる為の一日8時間の仕事。それ以外は、「父親/母親」や「夫/妻」という役割もあるわけですから、それをやってほしいに決まってるじゃないですか!



仕事の進め方が「周り基準」


「まあムーチョ、そうはいっても実際はさ・・・」

「正論かもしれないけど、いろいろ例外もあるし・・・」

「その場にいないと、この空気はわかんないよ」

まあ、そうなんでしょうね。残業だってそりゃ誰だってしたくないし、できればしたくないけど、仕方なくやってるわけですもんね。言うは易く行うは難しですよね。

でもね、僕はそれでも言いますけどね。専業主夫という立場から言わせてもらいますけどね。

本当にそれらはすべて「しょうがないこと」なのか? ってことをもう一度問いたい。

本当にそれらは自分でなんともしがたい部分なのか?

そのメールは、打たないとクビになるのか?

そのミーティングは、でないと会社人生が終わるのか?

ただ、周りに流されて、振り回されてるだけじゃないのか?

そして振り回されつつも、「まあ仕事だからしょうがない。私はエライことをしているんだし」とか自分を納得させてないか?

組織の仕事は、当たり前のことですが、「周りから動かされつつ、周りを動かすこと」です。

周りをちゃんと動かして、自分の思うような結果に導いていますか?

ただ言われたことをいいようにやってるだけじゃないですか?

「周りがまだ残ってるから自分も残る」とか、「周りがそういう空気じゃないから」とか、「周りの人もがんばってるし、自分も・・・」とか、そういうのが理由なら、もう一度考えなおした方がいいと思います。

その「周り」ってのは、家族よりも大事な人達なのかどうかってことを。



時間配分が、そのままその人の人生になる


時間っていうのは全ての人に平等で、24時間というリソースが与えられます。それをどう配分していくかで、その人の人生が左右されていくわけです。

例えば

「家庭 5 : 仕事 5」

の人もいれば、

「家庭 2 : 仕事 8」

の人もいるでしょう。どのような形が理想というのはないのですが、ただ重要なのは、人の時間リソースは24時間以上増えないってこと。

「家庭 2 : 仕事 8」

の人が、仕事を増やして

「家庭 2 : 仕事 9」

とはならないのです。必ず、

「家庭 1 : 仕事 9」

となります。片方を増やしたら、片方が減るのです。どんなに偉くなろうと、裕福になろうと、この時間だけは変わりません。そしてその毎日の繰り返しが、まんまその人の人生として積み上げられていきます。残業することで、家庭の時間がどんどん減っていくことは、家庭を重要視していないことと同じ。仕事で良い成績を出すのか、家族と生涯幸せな人生を送るのか。両方はとれません。「配分」が必要なのです。



専業主夫がエラそうに!


というわけで、「残業は全然偉ぶることじゃないんだよ」「家族が求めていなければ、それは完全な趣味扱いだよ」「残業したら、リスクもあるんだよ」って話でした。

専業主夫である僕がここまでエラそうに本業でもない、「ホワイトカラーの仕事」について語ってしまってすいません。以前かじっていたにせよ、もう5年もブランクがあるので知識も経験も古いものでしょう。説得力に欠けるかもしれません。まあ、悲しいけど当然ですよね。だって僕は今、一日のうちホワイトカラーの仕事には1分も関わっていないのですから。結局、僕がどれだけ

「僕が今会社に復帰したら、バリバリ仕事して、ガンガン成果出せるよ!」

といったところで、誰にも相手にされません。今の僕は、それに対して全く時間をかけていないからです。

でも、それって「父親/母親業」「夫業/妻業」も同じ事。

もしも1分もかけていなかったら・・・

貴方の親レベル、パートナーレベルは、僕の遠吠えと同じレベルかもしれません。



この記事が、これを読んだ「残業続きのホワイトカラー」のお父さん・お母さん達にとって、ちょっとでも「会社中心」でなく、「自分中心」な仕事の進め方をするきっかけになってくれれば、大変嬉しいです。

長文、読んで頂きありがとうございました。



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(追記)

ちなみに妻の残業に関しては、短期間なら許容する、というスタンスでいます。仕事自体は応援してますし。しかしさすがに週5終電残業が延々と続いたら、子供になんていっていいのかわからない・・・

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2012.01.25

(追記)

反響が予想以上に大きかったので、追記の記事を書きました。

「ホワイトカラー会社員の残業は『趣味』〜」の追記