夫婦関係は国家間の外交に似ている 2/2



前回の続き)

外交が必要なのはわかった、では対話があれば互いの利害のバランスをとり、外交がうまくいくのか、というと、実はそうではない。
僕自身、ちょっと前まで利害のバランスが合っていれば物事はうまくいくと思っていた。けど、それだけじゃダメなのだ。


前述したODAの話もそうだが、ただ金をずっと渡すだけでは、「小切手外交」なんて言われてしまう。実際に足を動かし、手間や面倒が生じても、直接相手に関わることで信頼関係に大きな差が出てくる。

所詮、人間同士の付き合いなのだ。誕生日の祝いに、高価な品物が宅配便で届いて終わり、ではなく、多少安物だって直接来てくれて、一緒にご飯を食べながら祝う方がいいだろう。やはり人間に感情というものがある以上、それが満たされなければ良好な関係は生まれない。

この“夫婦の愛”の部分、国家で言うならば国民感情とでも置き換えられるものは、政策をすすめていく上で無視できない、非常に大きなものなのだ。「必要だからする」ことよりも、「したいからする」ことの方がクオリティは高くなるだろう。

長くなってしまったが、要は

損得勘定や合理的な対話は前提としてあるのは必須、しかしそれだけじゃダメ。人は心が動かなければ対話をしたいというモチベーションが上がらない。
合理的な話もしつつ、相手の気分も盛り上げて、相手に『対話したい!』と思わせ続けることが出来れば夫婦も国家も安泰!」

ということ。短期的にはいくらでもやりようがあるだろうが、国家の存続に期限がないのと同じように、夫婦の関係も基本的には“一生”。長期的な視点を持って対応していかなければならない。

時にはおだて、時には戒め、お互いがお互いをアメとムチで軌道修正し合う。非常に難しいことで、きっと未婚の方なんかがこんなのを読むと「めんどくさ い、、、」と思われるだろうが、人間の長い歴史の中でそれこそ数え切れないくらいの多くの男女が結婚し、今の僕たちがいるわけで、昔の大半の人が今までで きたんだから、きっとうちらもできる。大丈夫。

多少のいざこざは歓迎するくらいの気持ちでいい。近隣国と仲が良い国なんて滅多にない。特に発展途上国(=まだ未成熟な関係のカップル)は顕著。相手が近い存在であればあるほど、意見の食い違いは生まれるものだ。
しかし、戦争(相手を傷つけたりすること)などという愚かな手段をとり、国家滅亡や断交だけは避けたい。

賢い外交手腕というものが夫婦には問われるのだ。

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