夫婦関係は国家間の外交に似ている 1/2



世の中には色々な夫婦の形がある。
あり過ぎてわけがわからない。本当にあり過ぎる。
まだ僕は結婚して3年、まだまだ既婚者としては若輩者で、

「夫婦というのはこうだ!」

なんて言うのはおこがましいかもしれないが、でもこの3年夫婦生活をやってみて感じたことを語ってみる。



独身の頃は、離婚する夫婦などを見て、あれ程愛し合って一緒になった男女がなぜ離婚するんだろうと不思議でならなかった。
Googleで「夫」と入力し、スペースを押すと「夫 死んで欲しい」と表示されるというのがちょっと前に話題になった。それ程「夫 死んで欲しい」で検索している人が多いということなのだが、相手に死んで欲しい程憎む、ということもわけがわからなかった。

僕はまだ(?)離婚したいと思ったことも、相手を殺したいと思うほど憎んだこともないけれど、どういう過程でそういう心境になるのか、少しわかってきた。

僕は、夫婦関係は国家間の外交と似ていると思う。こういうとなんとも冷たい響きに聞こえるが、熱々の新婚カップルでもない限り、こういう発想は必要だと思っている。

もちろん目指すは両国の平和な関係。そして、それを保つには対話が不可欠。対話はもっとも優先される方法なのは間違いない。

お互いの意思の確認ができないと、そもそも関係が築けない。よって、対話する姿勢のない国、対話を拒否する北朝鮮のような国との外交は難しい。

特に支障がなければ断交(離婚)してしまうのもいいのだが、ただ、ほとんどの場合支障がある。同じ資源(子供、財産)を共有していたり、関わりたくなくても武力行使(DVやストーキング)などをしてきたりするのだ。

だからそんな面倒なことになる前に、できるだけ対話の姿勢を崩させないようにする。拒否させないようにすることが必要。

例えば、金。ばかげていると思ったって、ODAは、それなりに意味はある。たまにはプレゼントを挙げたり、臨時のお小遣いを上げたりするのも有効なのだ。

こんな面倒くさいことをするなら外交なんていらない?そんなわけにはいかないのだ。なぜなら、国が一国のみでは発展できないのと同じように、人も独りでは生きていけないからだ。

例えば、日本は資源に乏しい。自分ひとりではなにもできない。ご飯を食べることも、服を着ることもままならないので、周りの助けが不可欠。
日本はその経済力や技術力を他国との交渉に使うことで、好きなご飯が食べられるし、好きな服も着られる。
こんな風に国はそれぞれ長所と短所があり、完璧な国家など、無い。
人も同じで、助け合って生きていくもの。そして、そのために必要なのが、外交なのだ。

どんなに仕事ができて稼ぐ夫がいても、実は妻の支えがあってこそだったりする。
また、妻がお金に不自由しない暮らしができるのも、夫のお陰だったりする。持ちつ持たれつが前提にあり、このパワーバランスが崩れると、夫婦間はギクシャクし始める。これも国家間のバランスと同じで、どちらが強すぎても、弱すぎてもいけないのだ。


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