12日目 ~番外編・凸凹神社~

この遍路にきて、初めて観光地らしいところへいく。この神社、結構おくまったところにあって、普通に国道を通っていたら気づかない。入り口をみて、さびれてそうだったら帰ろう、、、なんて思いながら、電柱に貼ってある看板を頼りに進む。何度か角を曲がると、それは見えた。



、、、さびれてる、、、!!



なんだか地味だ。っていうかそこら辺にある町の小さい神社だ。しかし、なにかあるだろう、と思い、鳥居をくぐった。

とりあえず「っぽい」ものを見つけたのは、神社の横に飾られていた、3mはあろう大きな男根の木の彫刻。








この制作依頼をうけた木彫り職人はなにを考えながら彫ったのだろう





これはもしや期待できるかも、と思い、展示館の入り口でチケットを買った。「18歳未満入館禁止」の文字が一層気分を盛り上げる。そしてオレ以外誰もいないこのガランとした雰囲気が一層気分を不安にさせる。

結果的にこの凸凹神社の内容、期待できるどころか大きく期待を上回ったものとなった。

それがよいか悪いかは別として。



中はすごかった。3階建てになっていて、1階の入り口付近にはこの展示館の館長が世界各国を回っていろんな女とツーショットで写っている写真が隙間なく貼ってある。天井にも。聞いたこともない民族もたくさんあったし、なかには首長族との写真もあった。これは、どういうことなんだろうか。


そして奥へ進むと男性器、女性器の形をした石、彫刻、像、絵などがところせましと並べてある。しかし陳列はけして下品なものではなく、博物館のような雰囲気なのである。雑多で息苦しい雰囲気ではあるが、目指すところはきっと、例えていうなら「写真週刊誌のグラビア」ではなく、「図説:女性の体の仕組み」という感じだろうか。



衝撃的だったのは「弘法大師にも男根があった!」と題された像。この下半身をさらけ出した裸の坊さんの像は、お大師さんらしい、、、これ、いいのだろうか。説明文もやけに盛り上がってるし。


2階はインド、タイ、インドネシアその他の「性」。これはかなり古いものもあり、学術的にも意味がありそうな気がする。しかしやはり「性」ばっか。もうあまりに交わってる写真やら絵やら像やらが多すぎて、エロチックさとか不快な気分とかを通りこして



「人間所詮はSEXよ」



と開き直った気分にさせられる。



2階を見終わった頃、もう頭も心もいっぱいいっぱいになっていたのだが、惰性で進む。みないと後悔しそうだけど、みても後悔しそうだ。複雑な気分で階段を上がる(もちろん階段の壁、天井にもびっしり「性」の絵)。

3階ですごかったのが大量の大きな木彫りの像。しかも全部やっている。写真がないのが本当に残念でならないが(「写真撮影は一枚2万円です」と書いてあったので撮れなかった)、圧巻であった。

この他にはSMコーナー、バイブやらの大人のオモチャコーナー、獣姦コーナー、昔のコンドームなど、実際に使われていた(と思われる)ものが並んでいた。なんで使われていたってわかるかって?シミとかついてるから。




展示館を出たとき、あることを思い出す。


「あ、オレ今お遍路まわってるんだった」


二時間ほどの短い滞在だったにも関わらず、現実の世界を忘れさせるパワーには圧倒された。「性」の力は、すごい。



入館するときにもらったチケットに、こんなことが書いてあった。

「性は宗教なり、哲学なり、性は道徳なり、科学なり、性は生命なり、人生なり。
(中略)
次元の低い人間は低い性しか感じないが、神は人間の生きる欣びのために「性」があることを、真理で教えてくれます。神が与えた万人平等なものは性のみであり、これによって人間の生きる哲学を悟ってもらいたい。




すいませんオレ次元低いです。